ニンニク卵黄の歴史を知る

疲労回復・滋養強壮としてすっかり定番の健康食品となったニンニク卵黄。
最近ブームになっているような印象を持っている人もいるかもしれませんが、意外にもその歴史は古いのです。

実は、ニンニク卵黄自体は、すでに江戸時代にはあったといいます。驚きですね。
(もちろんサプリメントになったのは最近ですけどね)

ニンニク卵黄が生まれたのは主に南九州地方だと言われています。
生まれた当初というのは日本の中でも限られた地域だったようですね。

また、作られていたのもお店などではなく、一般家庭で伝統料理として作られていたようです。南九州の人々が、健康に良いものを身近な食材で工夫して作ったのが、そもそもの生まれというわけです。

もちろん、当時はニンニクや卵黄の成分などを詳しく研究されていたわけではありませんが、その効果は信じられており、江戸まであがる参勤交代の時の貴重な食材として持ち歩いていたことも歴史書に残っているそうです。

その頃は小さく丸めた状態でしたので、どちらかというと滋養強壮のための薬という感じだったのではないでしょうか。九州から参勤交代のために歩いで移動するのはとても大変なこと。移動距離などをみても相当ありますし、今では信じられませんよね。

もちろん、偉い人以外は馬に乗れるわけもなく、徒歩で重い荷物を持って江戸まで行くわけですから、少しでも疲労回復や滋養強壮を考えて、各家庭でこうしたものを作り持たせていたのでしょう。

このように古くから疲労回復・滋養強壮に役立つと考えられていたニンニク卵黄は、しばらくして全国に広がる・・・・ということはなかったようです。

やはり、ニンニクのニオイはとても強烈であったために敬遠されやすかったことや、地方独特の迷信的な要素もあると考えられていたため、九州地方だけで長らく食べられていたというわけです。

しかし、その間も試行錯誤が繰り返され、より多くの人が食べられるように各家庭で改良がなされてきました。それが今に生きているというわけです。

そして、時は流れ、ニンニク卵黄のパワーに目をつけたメーカーが改良に改良を加えて、今のスタイルのニンニク卵黄が生まれたというわけです。

昔の人からすれば、今のようにいつでも手軽に飲むことができ、臭いもほとんどしないアイテムに変わっているなんて信じられないでしょうけどね。

このように、ニンニク卵黄は古くからそのパワーを信じられ受け継がれてきた健康食品なのです。そして、たくさんの人の努力と長い時間をかけて、今のスタイルが生み出されたものというのがわかりますね。

昔から大切にされてきたこの組み合わせこれからも守り続けられるといいですね。

このページの先頭へ